「プロム」といえば、高校最後に行われる一世一代のダンスパーティー。「ゴシップガール」や「ハイスクールミュージカル」でもお馴染みの、あのシーンを想像される方も多いのではないでしょうか。プロムをまだご存知でない方は、まずプロムの魅力を紹介した記事をご覧ください。

これまでプロムの裏側プロムへの準備についての記事をお届けしてきましたが、今回は「プロムというイベントの歴史」を深掘りします。

プロムがもともとどのように開催されていたのか、なぜこの文化が始まり今につながったのか、そしてなぜ「大人へ近づく儀式」とされたのか。歴史を知ることで、これからプロムに参加する人も、成人式を迎える人も、アメリカにおける「大人になること」への理解が深まるはずです。

起源大学の卒業生に向けた、エチケットを学ぶための宴として始まる
高校へ大学のイベントから10代のイベントへと広がる
1930年代アメリカ中の高校に普及し、夜のダンスイベントへ
戦後好景気を背景に、ホテル開催などより華やかで贅沢に
現代多様性を尊重する社会の中で、プロムのあり方が問われる
INDEX
  1. プロムは高校生のイベントではなかった!?〜プロムの始まり〜
  2. 派手さを追求するプロム 〜戦後の開花〜
  3. プロムのあり方が問われる現代 〜多様性を重視する社会へ〜
  4. おわりに

プロムは高校生のイベントではなかった!?〜プロムの始まり〜

プロムといえば高校最後のダンスパーティーを思い浮かべますが、実はプロムの原型は、大学を卒業する最終学年のために開催された宴(Banquet)でした。当時の男子校・女子校の共同イベントで、卒業生が社会に出る前に、適切なエチケットを身につけさせることを目的としていたのです。

その後数十年を経て、「もう少し若い段階でプロムを経験すれば、大人としてのマナーを早くから学べるのではないか」と教員や学生の間で考えられるようになります。こうしてプロムは大学のイベントから徐々に10代のイベントへと変化し、最終的に高校で行われるようになりました。

初期の高校プロムは、非常にカジュアルで簡素なものでした。皆がお茶やお菓子をつまみながら、勝負着で高校の体育館に集まるだけのもの。それが1930年代頃には、地域的な取り組みからアメリカ中の高校へと広まり、夜のダンスイベントへと変化していったといわれています。開催直前には男子が女子をディナーに誘い、本番ではライブバンドの演奏に合わせて踊りを楽しむ——現代的なプロムが花開いた時期といえるでしょう。

派手さを追求するプロム 〜戦後の開花〜

戦後の好景気を背景に、アメリカではプロムにより多くのお金をかけるようになったといわれています。会場は学校の体育館から、カントリークラブ、宴会場、ホテルへ。プロムはより華美に、派手に、贅沢になっていきました。

象徴的なエピソードがあります。「LAのビバリーヒルトンホテルでプロムを開催したい」という高校生たちの要請に応えるため、募金活動に協力したのがケネディ大統領。実際に行われたプロムに参加し、祝辞を述べたそうです。

プロムのあり方が問われる現代 〜多様性を重視する社会へ〜

プロムのあり方も、時代によって変化していきます。人種や性の自由が社会的に認められるようになると、従来のプロムの形は時代の変化に追いつけず、さまざまな問題を生むことになりました。

  • 1994年後半:アラバマ州のある高校の校長が、異人種間のカップルの参加を認めず、「参加するならプロム自体を中止にする」と脅迫。この事件は社会的論争を引き起こし、高校への放火事件にまでエスカレートしました。
  • 2010年:ミシシッピ州の教育委員会が、レズビアンの女子学生がパートナーと一緒に出席するのを阻止するため、プロム自体の中止を決定する事件が起きました。

基本的人権に性や人種の平等が組み込まれるようになった今、多様性への配慮が強く求められています。こうした問題には、今なお続いているものもあります。これから大人になっていく学生たちに、どのようにお祝いの場を用意してあげられるか——それが今後のプロムの注目ポイントだと思います。

おわりに

大学卒業生のための宴から始まり、高校生の一大イベントへ。そして今、多様性の時代の中でそのあり方が問われているプロム。歴史をたどると、プロムが一貫して「大人への一歩を祝う場」であり続けてきたことがわかります。

プロムや成人式に参加するときには、ぜひこの歴史にも思いを馳せてみてください。イベントの意味が、より深く感じられるはずです。

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